ドイツ人アーティスト Bjorn Dahlem氏へのインタビュー


話し手:Bjorn Dahlem(1974年、ドイツ・ミュンヘン生まれ。デュッセルドルフ美術アカデミー卒。現在ヴァイマール・バウハウス大学教授)

山梨県北杜市清春芸術村・光の美術館個展『Lux and Lumen (Cosmic Web)』(2018年5月20日〜9月30日)に寄せて
2018年5月19日採録



ラテン語で「光」という言葉には、二つの言い方があります。「Lux」は認識の光、神の光などのメタフィジカルな(形而上学的な)意味をもちます。そして「Lumen」は物理的な意味で、太陽の光などのことを意味します。私にとって、安藤忠雄によるこの「光の美術館」では、まず窓から射しこんでくる芸術的な光が感じられます。そこに作品を展示して電気的な光が加わることで、この展覧会では、二つの光が示されることになるのです。

物理学的(量子力学的)にも、光はやはり二つの形をもちます。一つは粒子、そして一つは波動です。二つの事象が同時に存在しているのです。物質とエネルギーと言ってもいいでしょう。もしも光に、「君って、何なんだ?」と尋ねたら、「わたしは物質です。粒子です。そして同時に、わたしは波動です」と光は答えるでしょう。量子力学において、重大な問題であるのは、それが一義的なものではない、ということです。学問では、「こうであるか、もしくはこうである」という言い方をします。「こうであり、かつこうである」という言い方は、大変な問題なのです。




量子力学の経験によって、光は二つの開口部をもつことが示されました。”Double Slit, 2018”(写真左) の、黒い二本の線はそのメタファーです。黒い線が開口部を示し、光がそこを通り抜けます。そして作品の裏の壁に二本の線の形になって、光が映ることが想像できます。しかし実際に起きていることは、より数多の光の線が壁に映っているのです。この作品は、いかに光が不思議なものであるか、ということを表したメタファーの作品なのです。作品の赤い背景については、なぜ赤なのか、私にもわかりません。もしかしたら光のエネルギーの部分を象徴しているのかもしれません。そういえば、日本のようでもありますね。太陽の光ですから。日本国旗の、赤い太陽の光。

“Y-Fractal, 2018”(写真右) は「Y(イプシロン)・フラクタル」といいます。Y・フラクタルは、とても有名なフラクタルの一つです。フラクタルの形が「Y」をしており、どこまでも類似の形で繋がっていくのです。Y・フラクタルは、自然界に大変多く存在します。たとえば木の枝は、Yの形で伸びますね。サンゴもやはりYの形ですし、クリスタルもYの形で成長します。この構造は様々なところに浮き上がってくる、あらゆるところに、全宇宙的にある構造なのです。
最も大きなY・フラクタルは、宇宙を形成する銀河同士を繋ぐものです。学問においては、それを「Cosmic Web(コズミック・ウェブ)」と名づけています。宇宙で収集したデータを元に、コンピューター・シミュレーションによって、コズミック・ウェブは示されます。これは私たちの脳にも、とてもよく似ています。私たちも同じ構造を身体の中に有しているのです。それで、“Y-Fractal, 2018”では、「鏡」が作品の中で使われているのです。

鏡は、錬金術においても重要な意味を持ちます。錬金術とはいわば哲学の一種であり、すべてのものが繋がっており、そこから金を錬成する術を見いだそうとします。金とは何か? どこからどうやって生じるものなのか? それを通じて、「世界を思考する」のです。そこでは惑星、地球、人間、すべてが関わりあっているのです。
錬金術と芸術は、同じものだと私は思います。私たちもまた、金を作っているのです。私は物質を結び合わせることしかしていません。木と、すこしの鉄と、それから接着剤と。そこから何か、新しいものを作り出しているといえます。すこしだけ価値の増したものを。



芸術家は、事物に一つの意味を与えます。どの芸術作品も、それぞれに意味をもっています。人はそれが何であるのか、何を意味しているのかを知りません。意味は、芸術作品に、芸術家が与えるものです。そして、それは錬金術でもあるのです。魔術的なものです。秘められたものであるのです。芸術と錬金術とはそうして互いに関わり合っています。村上春樹の小説にもそのようなところがありますね。とても魔術的です。一枚の扉を開け放つと、まったく別の世界がそこにあり、すべてが魔術的である世界に通じている。
芸術もまた、一枚の扉として、そこを通り抜けると突如として、あらゆるものが素晴らしく、秘められた、魔術的なものになる。芸術がそうしたものであることを、私は願っています。


(聴き手・翻訳・記事構成:酒井一途)


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